松井 幸雄 さんの意見陳述 (2005年7月11日)

1.はじめに
 
 本日、西宮市議会本会議におきまして、『西宮市平和・無防備都市条例』審議にあたり、条例制定請求者として意見を述べる機会を与えられましたことに対し、感謝を申し上げます。
 私達は西宮市の永遠の平和を希求する、やむにやまれぬ想いから地方自治法による直接請求により本条例制定をお願いしたもので、このことについての意見を申し上げます。
 日本は20世紀後半富国強兵策を打ち出し、軍国主義を国是とし、遂に第2次世界大戦の主役となり猪突猛進したその結果は、ポツダム宣言を受諾して敗戦を迎えました。
 それは攻め入ったアジアの諸国に物心両面の甚大な損害を与え、また国民は勝利を信じてあらゆる困難に耐えに耐えて、その極限に達しました。
 最後は、広島・長崎の原爆投下で、ついにお手上げとなりました。

2.日本国憲法 〜 平和憲法の危機
 
 我が国は、以上のような戦争仕かけ人の反省から日本国憲法制定に際し、第9条において『戦争の放棄』という画期的な平和憲法を打ち出し、このことは国際道義と国際正義を信じて力強く国内外に示したことに他ならないのであります。
 しかし東西冷戦の申し子といえる国防目的の『自衛隊』は、国内的には自衛目的でも国外的には、れっきとした「軍隊」と評価されるという矛盾をもつに至り、苦しまぎれの憲法解釈でイラク派遣にまで事が運んで、本当に平和憲法の認識をくつがえすに及んでは、平和憲法の危機到来と云わざるを得ない事象が生じてきています。

3.市民による平和運動の展開

 また、東西冷戦以後においても、戦争、地域紛争や、それを逆手にとったテロが横行して、いつ、どこで、何が起きるかわからないというような状況が惹起しています。
 この様な人道無視の異状を憂う市民有志が、真の平和を希求して、まず足元の西宮市の平和を築こうとするのが国際人道法に基づく『ジュネーブ条約追加議定書』を根拠においた『平和・無防備都市を実現する条例制定』であります。

4.国際平和を築くための国際人道法

 昔の戦争による死者は軍人が多かったのですが、近年は一般市民の犠牲者が圧倒的になっていることから、ジュネーブ条約追加議定書は国益より"一般民衆保護"を最優先したものです。
 特に第2次世界大戦においては、国際法を無視した無差別爆撃、あげくは人間殺りくを目的とした"原爆投下"に至っては言語道断と云わざるを得ません。

5.敗戦直前の被爆体験から

 1945年敗戦直前に憂国の想いにかられ私は学業半ば旧陸軍幹部候補生を志願し、広島の船舶通信隊(比治山の麓)におりました。 原爆投下の時は帰郷から帰隊への直前でしたが、落ちた4時間後に入市し、9月末に復員するまで宇品の仮病院で救護活動をしました。私のこの広島被爆が私の人生に最大のショッキングなことであり、以後私の生き様の中心であります。
 あの広島に落ちた原爆は、その大球の網に入ったすべての物体が2000度に熱せられたのですから、人間にとって、これはもう生地獄としか云いようがありません。
この様に鬼畜同然の行為をしても落としたアメリカは正しいことをしたと云うことで、未だ公然とした謝罪がありません。日本がノーモアヒロシマといえば、アメリカはリメンバーパールハーバーで返ってくるのです。
 戦争とはこんなものなのです。
 「正しい戦争」とか「正しくない戦争」ではありません。世界中からすべて戦争というものをなくさなくてはなりません。
 このことが今度の『平和・無防備条例制定』にもつながっているのです。

6.市議会審議へのお願い

 条例提案に当たっての市長意見は国、市の権限や、法律上の整合性を重視された極めて消極的な見解と解さざるを得ません。
 46万市民の命を守る立場におられる市長です。我々市民は西宮市の平和を守る市長の為にバックアップの労を惜しみませんから頑張ってください。
 この条例を審議いただく市議会に敬意を表するとともに、議員の皆様には白熱の平和議論を尽くしていただいて西宮市の平和の礎となるこの条例を可決されんことを熱望して私の意見を終えます。
 ご静聴ありがとうございました。

(発言原稿ですので、当日の発言とは若干異なる部分があります。)

 意見陳述(発言原稿より)
  (2005年7月11日)