在間 秀和 さんの意見陳述 (2005年7月11日)

 本件条例案の提案に際しての市長の見解は,「国の見解によると,…地方公共団体が行うことはできないもの,…効力を有しないもの」という内容でした。そして,市長は,地方自治法14条1項を引用しておられます。
 しかし,この点に関しては,地方自治に関する極めて重要な問題を含んでいます。
 果たして,この条例案は,「地方自治法に抵触する」と評されるものであるのでしょうか。
 これは,私が代表請求人の1人として,弁護士の立場において「法に抵触する条例の制定を求めている」とされていることになり,この点に関しては十分に意見を申し上げざるを得ません。
 ことに私は,大阪弁護士会行政問題委員会において,10年以上前から地方自治問題に取り組んできました。大阪弁護士会におきましても,ここ数年来,地方分権一括法を巡る問題,市町村合併の問題,そして今年は地方自治体の財政問題についてシンポジウムを開催し,北川前三重県知事,片山鳥取県知事,その他近畿の地方自治体の首長方々から,地方自治問題について貴重な御意見をうかがってきました。こうした催しの案内は,その都度近畿約300余りの自治体の首長と議会宛にお知らせしてきています。
 本件における問題は,西宮市という地方自治体において,本件条例制定が可能であるか,という重要な問題であります。
 この問題を検討するに当たりましては,2000年4月1日施行の地方分権一括法,地方自治法の大改正に触れざるを得ません。
 この大改正は,地方分権推進委員会における長年にわたる検討の結果,ようやく20世紀最後の年に実現したものです。そしてこの改正は,合計475件の法律が改正されるという,戦後の法改正の中でも最も大規模な改正でありました。
 その基本的な趣旨は,これまでの日本の中央集権的な在り方を根本的に改め,国の事務を可能な限り制約し,住民にとって身近な問題は可能な限り地方自治体の役割とする,という,国と地方の役割分担を根本的に改める,という大改正でした。
 この改正における最大のポイントは,御承知のように地方自治体の長への機関委任事務を全面的に廃止し,地方自治体の事務を「自治事務」と「法定受託事務」としたことです。
 そして従前は,機関委任事務に関しては,地方自治体における条例制定は不可であり,議会も関与できない,国の包括的指揮監督権のもとにありました。
 しかし,2000年4月以降は,例え法定受託事務であっても,法令に反しない限り,地方自治体において条例の制定が可能であり,議会の権限も及ぶ,というように改められました。
 即ち,地方自治体は国の下請機関ではなく,それぞれの自治体の独自の判断で地域住民に関する諸問題に対処することができる体制となったわけです。
 そして,地方自治体の行うことに対し,国がなし得る関与の形態・程度も,従前と比べて大きく制約されることとなりました。
 加えて,国が不当に地方自治に関与した場合のために,「国地方係争委員会」が設置され,そこに不服申立をする制度が完備されました。
 地方自治体が国の言うことに唯々諾々と従うという関係ではなくなった,ということはいくつかの実例が示しているところです。
 三重県における北川知事の試み,鳥取県における片山知事の奮闘等々がそれです。
 市のレベルでも,具体的に「国地方係争委員会」に不服申立をしたケースもあります。
 横浜市の「勝馬投票券発売税」の新設を巡る国と横浜市の係争がそれです。
 横浜市が,法定外普通税として地方税の新設を条例化しようとしたことに対し,総務省がこれに対し不同意をした事案です。
 横浜市が「国地方係争処理委員会」に不服申立をしました。 
 これに対し,2001年7月24日,国地方係争処理委員会が勧告を行いました。「総務大臣は,横浜市の勝馬投票券発売税新設に係る協議の申出につき,2週間以内に横浜市との協議を再開することを勧告する。」というものであり,実質的には,横浜市の主張が認められた内容でした。
 こうした事態は,2000年3月以前では考えられなかったことです。
 さて,本件条例は地方自治法に抵触するか?という重要問題についてです。
 地方自治法1条の2は次のように定めています。
 「T 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。
 U 国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。」
 そして14条1項は,
 「普通地方公共団体は,法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し,条例を制定することができる。」
と定め,その2条2項は「普通地方公共団体は,地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。」としています。
 一方,ジュネーブ諸条約第1追加議定書§59に定める「無防備地区」宣言に関し,赤十字国際委員会のコンメンタールでは,地方自治体による無防備地区宣言は可能,との見解を示しています。
 本件において市長が「地方自治法に抵触」と指摘される点は,正確には,地方自治法ではなく,「国の見解に抵触」との意味であろうと考えられます。「国の見解」は「法令」ではありません。
 私は,本件条例については,地方自治法に抵触するとは到底理解できません。単に「国が異なる解釈を述べている」ということにとどまります。
 以上申し上げてきましたところから,結論は明らかだと思います。
 正に憲法に定める「地方自治の本旨」からして,西宮市における住民の生活と命を守るための基本的な条例である本件条例の制定は,地方自治体において本来なすべき重要な課題であると,私は確信いたします。

(発言原稿ですので、当日の発言とは若干異なる部分があります。)

 意見陳述(発言原稿より)
  (2005年7月11日)